ブラヒム・ディアス、不振の戦術的背景について
現在、パフォーマンスを大きく落としているブラヒム・ディアス。
イタリアメディアはその主な理由について「コロナ感染によりコンディションが低下し、戦線復帰してからも状態が上がっていない」としており、実際それはご尤もだと思いますが、それだけではないような気が個人的にはしています。
そこで今回は視点を変え、戦術的側面からブラヒム不調の原因を探っていきたいと思います。
始めに。コロナ感染による離脱前、すなわちブラヒムの調子が良かった頃を振り返っていきましょう。
まずブラヒムの大きな特長の1つとして挙げられるのは「ドリブル」です。
ライン間だけでなく時にラインの手前に下がりながらボールを引き出しつつ、アジリティやテクニックを活かして相手のプレスをかわしてボールを運ぶ能力は、チームにとって非常に重要な武器になっていました。
また、パスに関してもレンジこそ広くありませんが精度は高く、正確なパスを用いて味方と連動することで、組み立て~崩しの両局面において貢献を果たしていました。
そして、これらの点に関し特筆すべきこととして、シーズン序盤はチーム全体で上手く彼の特長を活かしていたというのが挙げられます。
(1)ビルドアップ

――サンプドリア戦の一場面について。ボランチのクルニッチが対面のトルスビーを手前に引き付け、空いた背後のスペースにブラヒムが入ってGKメニャンからパスを引き出す

――その後の場面。ブラヒムがここまで独力でボールを持ち運び、裏に抜けるサレマにスルーパスを送ろうとした
後方からのビルドアップの局面において、主に相手のライン間でボールを受け速攻の起点となる役目を担っているブラヒム。そこでは、自チームのボランチ(上例ではクルニッチ)とそれに対応する相手の動きにより生じた中盤のスペースへと下がって顔を出し、ボールを引き出すプレーを得意としています。
その際、ポイントになるのが相手DFラインに圧力をかける味方の存在です。上例では映っていませんが、前線でジルーやレオン等が相手CBを牽制し、縦(ブラヒム)への対応を遅らせることで、ブラヒムがボールを受けやすい環境を作り出しています。
(2)崩し

――カリアリ戦の一場面について。ライン間のブラヒムがクルニッチから縦パスを引き出す。

――その後の場面。ブラヒムがドリブルでゴール前まで持ち運び、近くのテオに預ける。その後、テオからパスを受けたレオンがシュートを放ち、2点目を決めた
崩しの局面においても、ライン間やラインの手前でボールを引き出し、ドリブルや周囲とのパスワークでチャンスを演出。その際、ライン間でのプレーにおいては相手CBに圧をかける味方(CF)がやはり重要となりますし、またライン手前においては代わってライン間に入るサイドハーフのサポートを受けるなどして、崩しに関与します。

――リバプール戦の一場面について。ブラヒムが下がり目の位置でケアーから浮き球のパスを受ける

――その後の場面。サレマがライン間に侵入。同時にレビッチ(赤)が裏に抜け出してDFラインを押し下げ、ライン間のサレマにスペースを提供。そこへブラヒムがパスを通し、チームの1点目に繋がった
ブラヒムにとって縦へのダイナミズムを持つレビッチ(もしくは基準点型のジルー)、同じく縦へのダイナミズムを持つレオン、そして周囲で気の利いたサポートをしてくれるサレマ等との相性は概ね良好で、プレーし易い戦術的環境が整っていたと考えることができそうです。
○戦術的環境の変化
それでは次に、ブラヒム復帰後の戦術的環境は、それ以前と比べてどのように変化したのでしょうか。
(1)イブラとの相性
まず、レビッチとジルーが負傷で戦線離脱した一方でイブラが復帰したことで、イブラとブラヒムがコンビを組む試合が多くなりました。
イブラは組み立てや崩しの局面により積極的に関与していくタイプであり、中央の最前線から離れて下がってボールを受けたり、サイドで崩しに絡んだりといったプレーを好んで行います。このように、縦のダイナミズムを持ち味とするレビッチと異なることはもちろん、最前線で基準点となることがほとんどのジルーとも異なる特徴を持っています。
そこでより重要になるのが、イブラの状況に応じて誰かが代わりに中央へと侵入するなどして、縦のダイナミズムを確保するという点です。

――ローマ戦の一場面について。ここでイブラはサイドでのパスワークに関与し、右サイドの突破に貢献。その間、中央最前線にはレオンがポジショニング

――その後の場面。カラブリアのクロスに中央でレオンが合わせ、ミランが決定機を作り出した
上例では左サイドハーフのレオンが行っていますが、もちろん状況によってはトップ下のブラヒムが行うことが求められます。
しかし、前トピックにて言及したように、ブラヒムはやや下がり目の位置でボールを受け、そこからゴール前に侵入していく形が得意です。それにそもそもフィジカルが弱いため、プレッシャーの非常に強い最前線でボールを受け、違いを作り出せる能力を十分に備えているわけでもありません。
つまり、イブラ起用時はトップ下に「セコンダプンタ」的な資質がより求められる一方で、ブラヒムにはそうした資質に欠けていると。
また、イブラが下がって組み立て~崩しに関与しようとする場合、同じくライン間でパスを引き出そうとするブラヒムと被るといった状況があり得ます。

――ジェノア戦の一場面について。ライン間でブラヒムがパスを引き出そうとするも、イブラと動きが被ってしまう
要はブラヒムにとって現状は、最前線でプレーする必要性が高まる一方で得意なライン間~ライン手前ではプレーし辛くなっている、と。
これが現在の不振の原因の一つになっていると個人的には考えています。
(2)縦のダイナミズム不足
こういった状況に更に追い打ちをかけた事態が「レオンの負傷離脱」です。
彼のフィジカルとスピードを失ったミランは縦のダイナミズムを失い、チームの攻撃面における機能性が大きく低下することとなりました。
レオンの代わりに主に起用されるクルニッチはライン間で受けることを好むタイプであり、裏抜けや前線への飛び出しを果敢に行いはするものの効果的とは言い難い様子です。
また、クルニッチはアウトサイドには張らずに基本的に中に入るタイプであるため、状況によってはブラヒムの使いたいスペースと被り、結果として更に動きづらくなるといった側面もあるように見受けられます。
(3)ビルドアップユニットの形
最後に、チームのビルドアップ時の陣形についても触れておきます。
ミランは試合毎、もしくは試合展開に応じて後方のビルドアップ陣形を柔軟に変える傾向のあるチームです。そして、後方のビルドアップユニットを3バック+アンカーで構成する際は、アンカーの脇にトップ下が下がってボールを引き出し、ビルドアップをサポートするといった形をよく織り交ぜます。

――インテル戦の一場面について。3バック(トモリ、ケアー、ケシエ)+1アンカー(トナーリ)の形をとるミラン。ここで、クルニッチ(この試合ではトップ下起用)がボールを受けに下がる

――その後の場面。アンカーの横でボールを受けるクルニッチ。これにより相手の中盤の選手を引き付ける

――その後の場面。クルニッチはフリーのトナーリにパス。クリーンなボールを届けた
他方で、ビルドアップユニットが3バック+2ボランチの場合、中盤ライン手前までトップ下が下がるというのはスペースの関係上難しくなります。

――ナポリ戦の一場面について。3バック(フロレンツィ、トモリ、ロマニョーリ)+2ボランチ(トナーリ、ケシエ)で構成するミラン
そしてブラヒムの場合、幅広く動きたいタイプでしょうから3+1の方がプレーし易いんじゃないかと。実際、先のナポリ戦だと3+2が基本でしたが、ブラヒムがスペースの非常に狭いライン間で窮屈そうにプレーしているように見受けられましたし、この試合で今シーズン暫定ワーストともいえるパフォーマンスを見せたのはこうした側面も多少なり関係しているように個人的には思います。
○おわりに
ここまでブラヒムの不振の原因をいくつか見てきましたが、いつも以上に多分に主観が含まれた内容ですので、今更ながらその点をご了承いただければと思います。
さて。現在こそ重度の不振に陥っているブラヒムですが、個人的な予想としてはそう遠くない内にパフォーマンスが改善していく可能性はあると思っています。
まず、レビッチとレオンの復帰がウィンターブレイク明けに期待されるという事。彼らが復帰し、縦のダイナミズムを取り戻せればチームとして攻撃の機能性は高まりますし、ブラヒムの役割についても整理され、より得意なプレーの比重が高まるのではないかと。
また、イブラとの関係性についても確かにプレースタイル的な相性は良くないように見受けられますが、ゴール前では2人のパスワークで崩すシーンが何度か見られますし、連携の成熟と共に多少なり改善は図れるように思われます。
上記の戦術的改善に加え、何より本人のフィジカルコンディションを向上させられればまた活躍できるでしょうし、そうして今回の不振を機に選手として一回り成長できればベストかなぁと。
冬の補強如何に関わらずブラヒムの復調はチームにとって重要ですし、後半戦の再起に期待したいですね。
最後まで読んでいただきありがとうございました。