チャルハノール・システム(仮)、遂に誕生か?

ハカン・チャルハノール
はじめに


 SPAL戦に2-1で勝利したミラン。

 『ガゼッタ・デッロ・スポルト』によるこの試合の採点によると、4-3-3の左インサイドハーフで先発出場したハカン・チャルハノールは「6」点だそうです。

 おそらくこの試合の彼については賛否分かれると思うんですよね。「シュートを何度も外しやがって!」とフィニッシュの局面を重要視するか、「ボールに良く絡んでいたしアシストも決めた!」と組み立て~崩しの局面を重要視するかで大きく評価が変動するかなと。

 ちなみに僕は後者派です。むしろこの試合のチャルハノールが前半に見せたパフォーマンスには絶賛したいくらいです。

 それはなぜか。理由は、この試合の前半で見せたチャルハノールの戦術的役割が、今のミランが抱える「崩しの局面のアイディア不足」という問題をある程度解決し得るものだからです。


 というわけで今回は、チャルハノールのこの試合での実際のプレーを振り返っていくことで、如何にして彼がミランの勝利に貢献したか、延いては今後もミランに貢献し得るかを見ていこうと思います。

プレーポジションについて


 まず始めに、この試合のチャルハノールはピッチ上のどの場所でボールに触れたのかを見ていきます。


0チャルハノール タッチ

 こちらがWhoScoredの計測した彼の前半のボールタッチポジションです。



チャルハノールフロジノーネ前半タッチ

 そしてこちらが前節のフロジノーネ戦における前半のボールタッチポジション。


 2つを見比べると、SPAL戦のチャルハノールはセンターサークル付近で頻繁にボールを受けていることがわかります。


 以上のデータと、実際に試合を観た僕の見解を合わせるとこうなります。
この試合のチャルハノールは「央の低い位置でボールを受けて配給し、まるで司令塔のようにもプレーした」ということです。


 「ようにも」と表現をぼかしたのは、まさに司令塔(ピルロやシャビ)のようにゲームをコントロールした(できた)わけではなかったことと、チャルハノールの役割が多岐にわたったことの2つが理由です。


 なお、今回の「チャルハノールが司令塔のようにプレーした」このシステムを、当ブログでは「チャルハノール・システム(仮)」と名付けました。名前が安直過ぎるというツッコミには対応しかねますのでご了承ください(笑)

それと「(仮)」と付けた理由についてはこの記事の最後に説明します。




実際のプレー ①組み立て時に下がって2ボランチを形成


 それでは実際に、チャルハノールがこの試合でどのような戦術的役割を持ってプレーをしていたのか映像付きで説明していきます(映像の引用元はいずれもDAZN『ミラン vs SPAL』より)。。

チャルハノール2ボランチ



 こちらは4分の場面。まずここで注目していただきたいのが、チャルハノール(左インサイドハーフ起用、赤線で図示)とバカヨコ(アンカー起用、青線で図示)の距離が近いこと、そして2ボランチのようになっていることです。

 ただ実際に2ボランチだったわけではなく、ビルドアップ~組み立ての段階でチャルハノールが下がってきてボールを受ける。その結果として2ボランチのようになっているということです。

 通常の2ボランチとの違いは、前線から下がってくるため相手のマーカーが付いて行き辛く、結果的にフリーになりやすいという点ですね。

 この試合のSPALは中盤で5-3-2のミドルブロックかつ純粋なゾーンディフェンスだったため、中盤がチャルハノールの下がる動きにマンマーク気味にして付いていくことはほとんどありませんでした。そのため上記のシーンのようにフリーでボールを受けることが出来ていましたね。


 こういった動きの最大のメリットは、やはりビルドアップ~組み立てのフェーズが安定するという点でしょうかね。特に相手がハイプレスをかけてくるチームの場合、この下がってボールを引き出す動きは非常に重要になってくるでしょうね。

 ちなみにこのシーンでは、図示しているように前線に張るケシエへとハイスピードの縦パスを通し、相手の中盤のブロックを完全に無力化しています。




実際のプレー ②右サイドへのロングフィード


 この試合、少なくとも2回は観られたスソ(黄線で図示)への正確無比なロングフィード。組み立て~崩しの局面を一気にすっ飛ばす素晴らしいプレーです。

チャルハノールロングフィード


 相手が守備ラインを整える前に素早く縦に展開することにより、相手は後手に回らざるを得ず、こちらとしては決定機に繋げやすくなります。

 これこそが最初に述べた「ミランの崩しの局面におけるアイディア不足をある程度解決し得る」チャルハノールの非常に重要な戦術的役割の1つです。

 要は「引いて守りを固める相手を崩せないなら、相手が守りを固める前に崩せば良いじゃない」ということですね。

 このプレーができるのはミランでは好調時のチャルハノールだけですからね。昨季のガットゥーゾ・ミランはこういった形がメイン攻撃の1つとしてあったのですが、なぜか今季はポゼッションサッカーに傾倒してこういった縦に速い展開は中々見られませんでした。

 今後も継続的にやってくれると嬉しいのですが…。



実際のプレー ③前線への飛び出し

 上記に挙げた、この試合におけるチャルハノールのプレーポジションをもう一度参照します。

0チャルハノール タッチ

 このデータを見ると、彼は組み立てに参加した後は積極的に前線に上がってボールを受け、フィニッシュに絡もうとしていることがわかります。

 実際、この試合のチャルハノールのシュート数は「6」。チームトップの数字ですからね。後はシュート精度が上がれば(もとい戻れば)申し分ないのですが…。
 
 

実際のプレー ④バカヨコとのポジションチェンジ

 前半の終盤からちょくちょく見られたのが、バカヨコとポジションチェンジしてアンカーポジションに移るというプレー。

チャルハノールアンカー1


 相手がほとんどプレスをかけてこない場合に有効な手段ですね。純粋な展開力という面ではチャルハノールはバカヨコより遥かに上ですからね(一方、プレス耐性が低いので、ハイプレスをかけてくる相手にはかなり危険だと思いますが。)。

 ちなみに、これにより前線に上がりバイタルエリアに侵入したバカヨコが、ケシエからのクロスを受けてフリーでシュートを打ったシーンも印象的でした。
 


…以上が、チャルハノールのこの試合(の前半)における具体的プレーと戦術的役割でした。



チャルハノール・システム(仮)を支える名脇役

 この試合でチャルハノールと中盤を形成したバカヨコとケシエですが、2人の役割もチャルハノールのパス精度を活かすために非常に重要なものでした。
 特にバカヨコ。彼の存在はチャルハノール・システム(仮)の存続延いては発展に必要不可欠なものです。



バカヨコの役割

 彼がこのシステムにおいて務める(今後務め得る)役割は大きく分けて2つ。1つはチャルハノールの守備力を補うことです。

 チャルハノールは運動量もあり守備にも献身的な選手ではあるのですが、フィジカルが比較的弱いのでタックルやボール奪取が上手くない。その上空中戦も弱い。
 そのため(実質)ボランチなどで起用すると守備時に相手に押し込まれてしまうリスクが極めて高くなります。

 事実、試合途中からカラブリアと一緒に2ボランチで起用されたフィオレンティーナ戦は完全に押し込まれましたからね。そして失点。


 一方のバカヨコは、もはやセリエA屈指といっても過言ではないボール奪取能力、及び無敵の空中戦を誇ります。
 
 ですので、仮にこの2人による2ボランチ形成中に嫌な形でボールを失いカウンターを食らっても、ある程度なら彼が何とかしてくれるでしょうね。


 もう1つの主な役割は、チャルハノールへといい形でボールを供給すること。
 様々な方法(敵マーカーを引き連れてフリーランすることでスペースを作るなど)が考えられますが、バカヨコだからこそできるプレーとして「強引な縦へのドリブルで相手を引き付けてからのパス」が考えられます。

バカヨコドリブル


 例えばこのシーンではバカヨコがフィジカルを活かしたドリブルで強引に縦へ持ち出し、敵を3人引き付けたところで脇にいるチャルハノールへとパスを出そうとしました。

 惜しくもここでは相手に当たってパスカットされてしまいましたが、仮にパスが通っていればチャルハノールが中央でかつフリーで前を向くことが出来ていましたし、かなり効果的なプレー選択だったと思いますね。

 余談ですが、この試合のバカヨコのドリブル成功数はチームトップの「6」回でした。



ケシエの役割

 ケシエに期待される役割は、前線へと果敢に攻め上がってチャルハノールからのパスコースを作り出すことです。

 これまでの画像からも明らかですが、この試合のケシエ(緑線で示していた選手)は非常に高い位置を取っていました。システム表記でいえばイグアインと並んで4-2-4と言っても過言ではないかもしれません。

チャルハノールサイドチェンジ

 そんなケシエに対し、相手の3バックの一角である左CBはかなり警戒していたと思います。そして彼に対するマークを優先したがゆえに左WBの裏のスペースをカバーしきれず、結果チャルハノールからスソへのロングフィードを何度も許してしまいました


 つまり今回は、直接的なパスコースを何度も作り出したわけではありませんでしたが、ケシエは自身の動きでチャルハノールからスソへのパスコースを間接的に作り出していたということですね。



 おそらく、もう少しレベルが上の相手と対戦する際はよりバランスを重視したポジショニングを取るでしょうが、その時も持ち前の運動量を活かしたフリーランでチャルハノールのパスコースを積極的に作って欲しいと思います。




終わりに


 以上、ここまでSPAL戦前半に見られたチャルハノールの戦術的役割や彼中心の攻撃(「チャルハノール・システム(仮)」)の具体的内容、及び彼を支えた中盤の役割をそれぞれ説明してきました。


 さて、ここで棚上げにしていた「(仮)」と付けた理由についてですが、それは今後もこのシステムが使われていくかわからないからです。

 というのも、このチャルハノール中心のシステムが見られたのは前半のみで、相手のシステム修正もあった後半開始からはほとんど見られなくなりました。
 加えてミランがクトローネを投入してシステムを4-4-2に変えてからはチャルハノールがサイドに追いやられたため、完全になくなりました。

チャルハノールSPAL戦後半

後半からのチャルハノールのボールタッチポジションを見れば一目瞭然ですね…。


 ひょっとすると、前半のプレーも個々人が独自の判断で勝手にやっていて、それを勝手に僕がシステムとして拡大解釈しているという可能性もゼロではありません…(ケシエの高い位置取りは指示でしょうし、チャルハノールからスソへのロングフィードを活かす戦術は間違いなく意図していたでしょうが。)


 さらに言うと、このシステムが同格ないし格上相手にも通用するのかといった疑問もありますし…とにかくまだサンプル数が少ないため何とも言えないんですよね。



 しかし、そういった事情があるにも関わらずこうして時間をかけてじっくり書いたのは、この3MF(特にチャルハノールとバカヨコの関係性)にとてつもない可能性を感じたからです。


 チャルハノールの局面打開力はこの試合の前半だけではっきりと見て取れましたし、バカヨコの恐ろしいまでのボール回収能力やキープ力も健在でした。つまり、お互いがお互いの長所を活かし・短所を補える関係にあります。

 後はチームの組織力を高めてチャルハノールの短・中距離のパス能力も存分に活かせるようになれば、今のミランの抱えるビルドアップの脆さや崩しのアイディア不足はかなり改善されるのではないかと。

 数週間後にはリーグ後半戦が始まります。おそらく開始からしばらくはこの3MFが見られるはず。
 今後どのような展開を見せるのか……通常の逆3角形型でいくのか、はたまたチャルハノール・システム(仮)の継続、、果ては発展して(仮)が取れるほど組織としての完成度を高めていくか…。


 注目していきたいですね。



長くなりましたが、最後まで読んでいただき本当にありがとうございました!

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