ハカン・チャルハノールの苦境 ~不調の原因とその解決法~ 【本編】
具体的な手法としては、今季の彼のパフォーマンスが良かった試合と悪かった試合における様々な相違点を見ていくことで、彼のパフォーマンスを左右した(と思われる)事実を明らかにするというものです。
そのために、まずは彼のパフォーマンスが良かった試合と悪かった試合を特定する必要があります。
この点、僕の独断と偏見によって決めても説得力に欠けるため、ここでは機械採点の力に頼らせていただきます。
そこでWhoscoredの選手採点によると、チャルハノールの採点が良かった試合ベスト3は…
サッスオーロ戦;7.9点(1アシスト)
ローマ戦;7.48点
エンポリ戦;7.27点
となっています(※チャルハノールが先発出場した試合のみを対象としました。また、相手との力関係を考慮した結果、デュドランジュ戦の採点は独自の判断により対象外とさせていただきました。)
こうして見るとサッスオーロ戦が1番良かったように思われますが、1アシストをしている事実については大いに考慮する必要があると考えます。
というのも、Whoscoredは得点とアシストをかなり高く評価する傾向があるように経験上感じるからです(厳密な採点基準については分かりませんが)。
先日のオリンピアコス戦(CKからサパタのゴールを「アシスト」したものの、全体的なパフォーマンスはかなり悪かった)での採点が7.2点だったことを踏まえると、やはりこの考えは強ち的外れというわけではないと思います。
ですので、動きの質という観点からするとローマ戦がベストだったのではないかと考えます(もちろんサッスオーロ戦が悪かったとは思いませんが)。
続いてワースト試合について。こちらは…
ユヴェントス戦;6.14点
トリノ戦;6.26点
ベティス戦(2戦目);6.29点
となっています(※先発試合が対象。Whoscoredより)。
以上の2つのグループの試合を見比べると、早速ある1つの相違点が浮かび上がります。
それは採用システム及びチャルハノールの起用ポジションの違いです。
上記の良かった試合においては3試合いずれも4-3-3の左ウィングで起用されていたのに対し、ワースト試合においては4-4-2の左サイドハーフ(ユヴェントス、トリノ戦)と3-5-2の左インサイドハーフ(ベティス戦)で起用されています。
〇具体的なプレーポジション ①ベスト試合の場合
「それなら4-3-3の左ウィングでプレーさせれば万事解決!」かというと……残念ながらそれは違うでしょうね
実際のところ、上記のシステムとポジションで起用されながらも精彩を欠いた試合はいくつもありましたから。
そこで採用システム・ポジションだけではなく、先に挙げられた試合の内容についても少し詳しく見ていく必要がありそうです。

上記の画像は、ローマ戦におけるチャルハノールのボールタッチの場所を図示したものです(右攻め。Whoscoredより引用)
この画像から、ローマ戦におけるチャルハノールはバイタルエリアや左ハーフスペースで頻繁にボールを受け、果ては右サイドにまで顔を出していることがわかります。
ちなみにこの試合のチャルハノールのキーパス数は「7」。2位がイグアインの「3」であることを考えると驚異的な数字ですね。

こちらはサッスオーロ戦における同様の画像です(今度は左攻め。Whoscoredより引用)。おおむね、ローマ戦と似たようなプレーポジションであることがわかります。
〇具体的なプレーポジション ②ワースト試合の場合

一方、こちらはワースト試合の1つと定義したトリノ戦における同様の画像(右攻め。Whoscoredより引用)です。
ローマ戦の画像と比べると一目瞭然ですが、バイタルエリアでのボールタッチ数が明らかに少なくなっています。また右サイドでのオン・ザ・ボールも少ないですね。

ユヴェントス戦での画像(右攻め。Whoscoredより引用)においても同様の傾向が見て取れます。
〇具体的なプレーポジション ③カリアリ戦の場合
最後に、「4-3-3の左ウィングで起用されたものの精彩を欠いた」試合の1つの例としてカリアリ戦を挙げます。

カリアリ戦におけるチャルハノールのボールタッチ場所を図示した画像(左攻め。Whoscoredより引用)がこちらです。
これを見ると、上記の①ベスト試合よりも②ワースト試合におけるプレーポジションに近いことがわかりますね。
〇チャルハノールの長所
つまり、「具体的なプレーポジション①~③」から導かれる結論として
・チャルハノールのパフォーマンスを左右している要素を考えるにあたり、本質的に重要なのは採用システム・起用ポジションではなく、ピッチの中央付近やバイタルエリアでプレーできているかどうかである
・4-4-2に比べれば、4-3-3の方が上記のようにプレーできる傾向がある
という2つが挙げられます。
では、なぜ中央付近でプレーする頻度がパフォーマンスに直結するのか。当然それはチャルハノールのプレースタイルに起因しています。
チャルハノールの特徴は何といっても多彩なパスです。短・中・長距離のパスを状況に応じて使いこなせる精度と視野の広さを備えています。
そのため、中央付近でボールを持てばそれだけパスの選択肢が増える、すなわち彼の武器を存分に発揮できるということですね。
また、ミドルシュートの上手さも彼の魅力の1つです。ペナルティエリア左隅からカットインして打つミドルシュートは昨季後半戦で頻繁に見られ、相手ゴールを何度も脅かしました。
〇結論 ➊不調の原因
以上を踏まえると、チャルハノールの不調の原因も見えてきます。
・怪我人の続出、イグアインとクトローネを共存させたいといった事情から基本システムを4-3-3から4-4-2に変更する試合が増えた。
・そして、それまでの左ウィングよりも流動性が低く、サイドに固定されやすい左サイドハーフで起用されることで持ち味のパスが更に活かせなくなった。
・また、4-4-2システムの練度の低さ(主に2トップやボランチとの連携不足)により、サイドで孤立するシーンが目立つ(=パスの出し所がない)
・かつてミランに在籍していたデウロフェウやメネズのような選手が持つ圧倒的なスピードやドリブルテクニックはチャルハノールにはない。そのためサイドで孤立した際に打開する手段に乏しい。よってボールロストやパスミスが増えてしまう。
・ボールロストやパスミスが増えていくことで自信を喪失し、消極的なプレーが増える結果試合に及ぼす影響力が小さくなり、低パフォーマンスとなってしまう(チャルハノールが非常に繊細な人物であるというのはガットゥーゾ監督が何度も言及していることです)。
以上が僕の考えるチャルハノールの不調の原因でした。簡潔に言うと「システム等の問題によりサイドで孤立する場面が増え、持ち味のパスを活かせなくなった。またボールロストも増え、その結果として自信を失い悪循環に陥ってしまっている」ということになります。
これらは4-4-2の場合に顕著ですが、4-3-3であってもこういう形(サイド孤立→ロスト増→自信喪失)で不調に陥っていたと考えられます。
〇結論 ❷不調の解決法
では、こういった不調を解決するにはどうすれば良いのでしょうか。
やはり一番手っ取り早いのはシステムの変更でしょうね。
個人的には4-3-3の左インサイドハーフ、4-3-2-1の左シャドー(4-3-3の左ウィング起用の際に実質的にシャドーになる形もありますが)、もしくは4-2-3-1のトップ下辺りが良いんじゃないかなと思います。
ただし留意しておきたいのが、上で書いたようにシステム・ポジションそれ自体よりも、実際にどのように動き、どこでボールを貰い、周囲のどれほどの距離に味方がいるかが大事だということです。
仮にトップ下で起用しても、その周囲の適切な距離に味方がおらずに孤立すれば相手DFに潰されるだけでしょう。
逆にサイドで起用されても、昨季のように適切なタイミングで中央に移動してボールを受けることができれば活躍することができるでしょうね。
結局のところは、味方選手との相互理解を深めることと適切なシステム(動き方などのディテールを含む)の成熟に尽きるのかなという気がします。
〇最後に
これまで主にシステム上の問題について触れてきましたが、もちろんチャルハノール自身のコンディションが悪く、個人の責任によるミスも多いというのは決して見逃せません。
決定機を逃したり、ノープレッシャー下であるにも関わらずパスミスをしたりといった場面も目立ちますからね。
ですが、システム変更によりかなり割を食っている選手であることに間違いありませんし、起用法(単純なポジションという意味ではありません)さえ見直せば、昨季後半戦のように輝きを取り戻せる可能性は大いにあると言えるでしょう。
何よりチャルハノールが復活すれば、前線へのパス供給能力の質的低さ・供給頻度の少なさや、セットプレーからの得点の少なさといった今のミランの抱える課題は劇的に改善されるはずです。
年内に行われる残り4試合で自らの価値を証明して残留を勝ち取るとともに、リーグ後半戦ではミランのCL権獲得の起爆剤として大活躍してほしいと思っています。
Forza Hakan!
非常に長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただき本当にありがとうございました。