ベナセルのプレースタイルについて~ピッチを支配する陰の主役~
2022—23シーズンここまでのミランにおいて、特に素晴らしい活躍を見せている選手の1人がイスマエル・ベナセルです。
今季の彼はここまで9試合全てに出場し、先発から外れたのも温存目的の1試合のみ。また、ここまでのプレータイムは「665分」と、フィールドプレーヤーで3番目に長い時間を記録しています。
今回はそんなベナセルのプレースタイルについて、先のセリエA第7節ナポリ戦を振り返りながら改めて確認していきたいと思います。

――ミラン対ナポリのスタメン(再掲)
試合毎に幅広い役割・機能を担うことの多い相方のトナーリに対し、ベナセルの役割・機能は比較的明白です。
まずはビルドアップの局面についてですが、ベナセルは2CBや(ボールの位置が自陣深くの場合は)GKと共に後方からのボール出しに積極的に関与していきます。
その際、ベナセルの主戦場はアンカーポジション(味方CBの前方の位置)となりますが、そうした立ち位置は対戦相手に応じて柔軟に変化するのが基本です。
例えばこの試合では、対戦相手のナポリが守備時「4—5—1」を基本陣形としつつも、左インサイドハーフのジエリンスキが縦スライドして適宜ミランCBにプレッシャーをかける形を採ってきました。そこで、ベナセルはそうしたナポリの動きや、味方CBの位置に応じて最終ラインに下がって数的優位を形成。後方からのボール出しを的確にサポートしていく、と。

――シーン1:ナポリの前線2枚に対し、ミランはベナセルが下がって3枚で対応。ここでボールを受けたベナセルはジエリンスキを少し引き付けた後、右に開いたケアーに展開
また、自ら積極的に縦パスを送り、局面を進めていけるのもベナセルの特長です。

――シーン2:右サイドに下がってボールを受けたベナセルに対し、左サイドハーフのクワラツヘリアが縦スライドして対応。そこで、ベナセルはその背後の中盤スペースに潜り込んだサレマに縦パスを差し込み、ボールを前進させた
このようにチームのビルドアップを円滑に行う上で、ベナセルは非常に重要な存在となっています。
続いて、相手を敵陣深くまで押し込んだ状態、いわゆるポジショナルな崩しの局面におけるベナセルについてです。
この局面でのベナセルは主にボールの後方に位置し、バックパスの受け皿となることでパス回しを安定させると共に、ボールを異なる方向へと展開させる中継地点として機能します。

――シーン3:サレマからのバックパスを受けるベナセル
そしてこの局面こそ、今シーズンここまででベナセルが最も成長した部分ではないかと個人的に考えています。
これまでもベナセルはこういった役割・機能を通じてチームの崩しに貢献していましたが、今季はより危険な状況を自ら作りだせるようになった印象です。例えば前方の狭いスペースに入り込んだ味方にパスを通したり、以下のように前線に正確なロングボールを送って直接チャンスメイクしたりといった形ですね。

――先ほどの続きの場面。フリーのベナセルはエリア内へロングパスを供給。クルニッチの頭に合わせた

――シーン4:後半の場面。デスト(右SB)からのバックパスを受けたベナセルはエリア内へロングパスを供給。ここではジルーの頭に合わせた
この点に関してデータを参照してみても、まだリーグ戦7試合とは言え素晴らしい数値を記録しています。
一例として『fbref』より、「SCA」という数値を見てみましょう。これは「シュートチャンスの創出」という指標で、具体的には「シュートに繋がった2つのアクション」を行った回数となります。
例えば、「ベナセルからデ・ケテラーレに縦パスが通り、そのデ・ケテラーレがジルーにスルーパス。そのパスを受けたジルーがダイレクトでシュートを放った」という一連のシーンがあった場合、ジルーのシュートに繋がった2つのプレー(ベナセルのパス、デ・ケテラーレのパス)がそれぞれ「SCA」としてカウントされることになります。つまりこの数値が高い選手は「シュートチャンスに多く絡んでいる(≒チャンスメイク出来ている)」と解釈することが可能です。
説明が長くなりましたが、以下が「昨季」と「今季ここまで」で記録したベナセルの平均「SCA」となります。

――参考1:左の数字が「2021—22シーズン」、右の数字が「2022—23シーズンここまで」のスタッツ
今季ここまでのベナセルの90分平均「SCA」は「5.77」。これは今季のセリエAのミッドフィルダーの中で暫定トップの数値です。また、昨季のベナセルの「SCA」は「2.95」ですので、昨季と比べ大幅に増加していることが分かります。
また、その下に掲載された「SCA」の内訳を見ると
といったように細かく分けられていますが、注目したいのが上2つの数値です。
パスによるチャンスメイクは、セットプレーを蹴る機会が多くなったこともその増加の理由となっていますが、一方で流れの中からのパスによるチャンスメイク自体もかなり増えていますね。
この点に関し、もう少し掘り下げていきましょう。
元々ベナセルは積極的に縦パスを付けられるタイプの選手ですが、以下のデータにあるように、今季ここまではより危険なエリアに高頻度でパスを差し込んでいることが分かります。

――参考2:左の数字が「2021—22シーズン」、右の数字が「2022—23シーズンここまで」のスタッツ
昨季と比較すると、今季ここまでは「前進パス(Progressive Passes)」の数自体は下回っているものの、一方で「ファイナルサードへのパス成功数」や「ペナルティエリアへのパス成功数」は増加している、と。
そして、このようなアグレッシブなパスの増加が「SCA」、延いては「キーパス数(※シュートに直接繋がったパス)」の増加にも繋がっています。
今季ここまでのベナセルは「20本」のキーパス出しているようで、これはセリエA全体で2位、MFの中では暫定1位の記録です。
現時点ではまだアシストを記録していないベナセルですが、このような積極的なプレーを今後も続けていけば、自ずとゴールに絡むシーンというのは増えていくでしょう。この素晴らしい数値がシーズンを通して維持・向上していくかどうか注目ですね。
それでは最後に。ネガティブトランジションの局面についてです。
先述した崩しの局面におけるベナセルの位置取りは、ネガティブトランジションを考慮した位置取りともなります。
ネガティブトランジションの際に自チームにとって危険となるであろうスペースや相手選手を事前にしっかりと認識して監視し、いざボールを失った時には素早い反応で当該スペース・選手に対応していく、と。

――シーン5:カラブリアが高い位置でパスカットされ、ボールを失う。ここナポリは左サイドのクワラツヘリアへと展開してロングカウンターを狙う

――その後の場面。しかしここでカラブリア(SB)の背後のスペースはベナセルがカバーしており、クワラツヘリアの前進を阻止。カラブリアが戻る時間を稼いだ
この点に関し、彼のプレッシング能力の高さというのも特筆すべき点でしょう。
寄せと反応の速さ、敏捷性、そして何よりアグレッシブネスにより相手ボールホルダーに自由を許さず、隙あらばボールを奪いにかかる積極性は見事です。
また以下のように、体格差があっても簡単には突破されない粘り強さも有しています。

――シーン6:後半、高い位置でボールを失うミラン。ここでナポリは前方のエンドンベレ(フィジカルに定評があり、途中投入のため体力も十分な状態)に預けてカウンターを目論む。ここでもボールサイドのスペースをカバーしていたベナセル(画面外)が対応

――その後の場面。エンドンベレが仕掛けて突破を図るが、ベナセルが粘り強く対応して止めた(赤)
このシーンは89分。体力的・精神的にかなりキツい時間帯でのプレーですが、これが出来るスタミナや献身性というのも素晴らしいですね。
ちなみに、上記の特徴はネガトラ時に限らず守備の局面全般において有用です。
例えば組織的プレッシングの際には素早い寄せや的確なマーキングで相手のビルドアップを妨害し、こぼれ球に対しても素早い反応と正確なポジショニングで回収。今季ここまでのベナセルのボールリカバリー数は「54回」で、セリエAの中で4位に位置しています。
安定したパス出し、チャンスメイク、ネガトラ対応、プレッシング…。
攻守のあらゆる局面で実質的な貢献を果たすベナセルはチームの中で「陰の主役」といえる存在であり、もはや欠かせない戦力ではないでしょうか。
絶対に契約延長をして欲しい選手ですし、ここまでのパフォーマンスを見せるからにはクラブ側も条件面で歩み寄って良いよなぁと感じます。
何にせよ怪我だけはしないよう注意を払いつつ、10月以降も素晴らしいプレーを見せ続けて欲しいですね。
それでは今回はこの辺で。
今季の彼はここまで9試合全てに出場し、先発から外れたのも温存目的の1試合のみ。また、ここまでのプレータイムは「665分」と、フィールドプレーヤーで3番目に長い時間を記録しています。
今回はそんなベナセルのプレースタイルについて、先のセリエA第7節ナポリ戦を振り返りながら改めて確認していきたいと思います。

――ミラン対ナポリのスタメン(再掲)
ビルドアップの円滑化
試合毎に幅広い役割・機能を担うことの多い相方のトナーリに対し、ベナセルの役割・機能は比較的明白です。
まずはビルドアップの局面についてですが、ベナセルは2CBや(ボールの位置が自陣深くの場合は)GKと共に後方からのボール出しに積極的に関与していきます。
その際、ベナセルの主戦場はアンカーポジション(味方CBの前方の位置)となりますが、そうした立ち位置は対戦相手に応じて柔軟に変化するのが基本です。
例えばこの試合では、対戦相手のナポリが守備時「4—5—1」を基本陣形としつつも、左インサイドハーフのジエリンスキが縦スライドして適宜ミランCBにプレッシャーをかける形を採ってきました。そこで、ベナセルはそうしたナポリの動きや、味方CBの位置に応じて最終ラインに下がって数的優位を形成。後方からのボール出しを的確にサポートしていく、と。

――シーン1:ナポリの前線2枚に対し、ミランはベナセルが下がって3枚で対応。ここでボールを受けたベナセルはジエリンスキを少し引き付けた後、右に開いたケアーに展開
また、自ら積極的に縦パスを送り、局面を進めていけるのもベナセルの特長です。

――シーン2:右サイドに下がってボールを受けたベナセルに対し、左サイドハーフのクワラツヘリアが縦スライドして対応。そこで、ベナセルはその背後の中盤スペースに潜り込んだサレマに縦パスを差し込み、ボールを前進させた
このようにチームのビルドアップを円滑に行う上で、ベナセルは非常に重要な存在となっています。
チャンスメイク
続いて、相手を敵陣深くまで押し込んだ状態、いわゆるポジショナルな崩しの局面におけるベナセルについてです。
この局面でのベナセルは主にボールの後方に位置し、バックパスの受け皿となることでパス回しを安定させると共に、ボールを異なる方向へと展開させる中継地点として機能します。

――シーン3:サレマからのバックパスを受けるベナセル
そしてこの局面こそ、今シーズンここまででベナセルが最も成長した部分ではないかと個人的に考えています。
これまでもベナセルはこういった役割・機能を通じてチームの崩しに貢献していましたが、今季はより危険な状況を自ら作りだせるようになった印象です。例えば前方の狭いスペースに入り込んだ味方にパスを通したり、以下のように前線に正確なロングボールを送って直接チャンスメイクしたりといった形ですね。

――先ほどの続きの場面。フリーのベナセルはエリア内へロングパスを供給。クルニッチの頭に合わせた

――シーン4:後半の場面。デスト(右SB)からのバックパスを受けたベナセルはエリア内へロングパスを供給。ここではジルーの頭に合わせた
この点に関してデータを参照してみても、まだリーグ戦7試合とは言え素晴らしい数値を記録しています。
一例として『fbref』より、「SCA」という数値を見てみましょう。これは「シュートチャンスの創出」という指標で、具体的には「シュートに繋がった2つのアクション」を行った回数となります。
例えば、「ベナセルからデ・ケテラーレに縦パスが通り、そのデ・ケテラーレがジルーにスルーパス。そのパスを受けたジルーがダイレクトでシュートを放った」という一連のシーンがあった場合、ジルーのシュートに繋がった2つのプレー(ベナセルのパス、デ・ケテラーレのパス)がそれぞれ「SCA」としてカウントされることになります。つまりこの数値が高い選手は「シュートチャンスに多く絡んでいる(≒チャンスメイク出来ている)」と解釈することが可能です。
説明が長くなりましたが、以下が「昨季」と「今季ここまで」で記録したベナセルの平均「SCA」となります。

――参考1:左の数字が「2021—22シーズン」、右の数字が「2022—23シーズンここまで」のスタッツ
今季ここまでのベナセルの90分平均「SCA」は「5.77」。これは今季のセリエAのミッドフィルダーの中で暫定トップの数値です。また、昨季のベナセルの「SCA」は「2.95」ですので、昨季と比べ大幅に増加していることが分かります。
また、その下に掲載された「SCA」の内訳を見ると
・シュートに繋がったパス(インプレー)
・シュートに繋がったパス(セットプレー)
・シュートに繋がったドリブル
・シュートに繋がったシュート
・シュートに繋がった被ファウル
・シュートに繋がった守備アクション
といったように細かく分けられていますが、注目したいのが上2つの数値です。
パスによるチャンスメイクは、セットプレーを蹴る機会が多くなったこともその増加の理由となっていますが、一方で流れの中からのパスによるチャンスメイク自体もかなり増えていますね。
この点に関し、もう少し掘り下げていきましょう。
元々ベナセルは積極的に縦パスを付けられるタイプの選手ですが、以下のデータにあるように、今季ここまではより危険なエリアに高頻度でパスを差し込んでいることが分かります。

――参考2:左の数字が「2021—22シーズン」、右の数字が「2022—23シーズンここまで」のスタッツ
昨季と比較すると、今季ここまでは「前進パス(Progressive Passes)」の数自体は下回っているものの、一方で「ファイナルサードへのパス成功数」や「ペナルティエリアへのパス成功数」は増加している、と。
そして、このようなアグレッシブなパスの増加が「SCA」、延いては「キーパス数(※シュートに直接繋がったパス)」の増加にも繋がっています。
今季ここまでのベナセルは「20本」のキーパス出しているようで、これはセリエA全体で2位、MFの中では暫定1位の記録です。
現時点ではまだアシストを記録していないベナセルですが、このような積極的なプレーを今後も続けていけば、自ずとゴールに絡むシーンというのは増えていくでしょう。この素晴らしい数値がシーズンを通して維持・向上していくかどうか注目ですね。
素早い切り替え、プレッシング
それでは最後に。ネガティブトランジションの局面についてです。
先述した崩しの局面におけるベナセルの位置取りは、ネガティブトランジションを考慮した位置取りともなります。
ネガティブトランジションの際に自チームにとって危険となるであろうスペースや相手選手を事前にしっかりと認識して監視し、いざボールを失った時には素早い反応で当該スペース・選手に対応していく、と。

――シーン5:カラブリアが高い位置でパスカットされ、ボールを失う。ここナポリは左サイドのクワラツヘリアへと展開してロングカウンターを狙う

――その後の場面。しかしここでカラブリア(SB)の背後のスペースはベナセルがカバーしており、クワラツヘリアの前進を阻止。カラブリアが戻る時間を稼いだ
この点に関し、彼のプレッシング能力の高さというのも特筆すべき点でしょう。
寄せと反応の速さ、敏捷性、そして何よりアグレッシブネスにより相手ボールホルダーに自由を許さず、隙あらばボールを奪いにかかる積極性は見事です。
また以下のように、体格差があっても簡単には突破されない粘り強さも有しています。

――シーン6:後半、高い位置でボールを失うミラン。ここでナポリは前方のエンドンベレ(フィジカルに定評があり、途中投入のため体力も十分な状態)に預けてカウンターを目論む。ここでもボールサイドのスペースをカバーしていたベナセル(画面外)が対応

――その後の場面。エンドンベレが仕掛けて突破を図るが、ベナセルが粘り強く対応して止めた(赤)
このシーンは89分。体力的・精神的にかなりキツい時間帯でのプレーですが、これが出来るスタミナや献身性というのも素晴らしいですね。
ちなみに、上記の特徴はネガトラ時に限らず守備の局面全般において有用です。
例えば組織的プレッシングの際には素早い寄せや的確なマーキングで相手のビルドアップを妨害し、こぼれ球に対しても素早い反応と正確なポジショニングで回収。今季ここまでのベナセルのボールリカバリー数は「54回」で、セリエAの中で4位に位置しています。
まとめ
安定したパス出し、チャンスメイク、ネガトラ対応、プレッシング…。
攻守のあらゆる局面で実質的な貢献を果たすベナセルはチームの中で「陰の主役」といえる存在であり、もはや欠かせない戦力ではないでしょうか。
絶対に契約延長をして欲しい選手ですし、ここまでのパフォーマンスを見せるからにはクラブ側も条件面で歩み寄って良いよなぁと感じます。
何にせよ怪我だけはしないよう注意を払いつつ、10月以降も素晴らしいプレーを見せ続けて欲しいですね。
それでは今回はこの辺で。